魔女の部屋


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私の個人ページへ。
ここでは私の趣味や(キャッスリング、
日々思ったことなどをつづってます。

ごゆっくり






魔女憲法

第一条

いたずらに若者にへつらわず凛として老いる。









私のページでは日記を2種類にわけて書いてます。

魔女のカメレオン日記

カメレオン日記2007はこちら

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B型の典型でカメレオンの如く360℃を回らし情報を集め少しでも、気になればそれをキャァチし、直ぐに行動に移している・・・と言う典型的なカメレオン人間の日記です。何に感応するのか? お楽しみ頂ければこの上ない喜びです。


魔女のぶらり散歩

ぶらり散歩2007はこちら

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琵琶湖の畔に長く住んでいながら、琵琶湖に付いて何も分かっていない事にきずき琵琶湖をぐるりと、巡りたいとおもっている。
文化サロンに歩く事の好きな(街道歩き 同好会)があり、歴史の勉強をしながら主に街道筋の人々の暮らしの後が今に残っている所を見、遠く先人達の足跡をたどる、素敵な講師の話しを聞きながらの歩きは、楽しいひと時である。今回は東海道から別れて西国街道を歩く、その報告をしたいと、思います。

よろしければ一緒に歩きませんか・・・・
本日: / 昨日: / 累計: 



カメレオン日記2008&ぶらり散歩2008



魔女のぶらり散歩

11月歩く
     ーびわこの大仏 と 上村松園ー

JR長浜駅・・平安山良尋寺(びわこ大仏)・・福田寺(永沢御坊)・・田村駅

天気は曇りで歩きには気持ちの良い日和です。ここ長浜には何回かきていますが、まだまだ見たいところがあります。

もともとは今浜と呼ばれ、京極道誉の出城があった湖岸に、新たに城を築き、町作りをはじめたのは羽柴秀吉。秀吉は信長の『長』 の字を貰って今浜を長浜に改め、築城は天正2年(1574)、小谷城落城の翌年でした。

町の中央を北国街道が通り、その往来で町は発展します。本能寺の変後に行はれた清州会議で、長浜には天正10年(1582)に柴田勝家の甥、勝豊が6万国で入城、

1585~1590年は山内一豊、慶長11年(1606)には内藤信成(徳川譜代大名)が5万石で長浜を治めました。大阪の陣後に長浜は彦根藩領となり廃城となり、建物・石垣の殆どは解体されて彦根城築城のために利用された。


良躊寺(りょうちゅうじ)

長浜の中心部から南へ半里ほどのところに、琵琶湖を背に大仏さんがすっくと立っておられます。
大仏は昭和7年に開創700年を記念して、コンクリート製で造られましたが痛みが激しく、平成6年に現在の青銅製、高さ28m、重量約80tの大仏が鋳造されました。

境内には芭蕉の『四方より花咲き入れて鳩の海」の句碑があり、彦根は芭蕉七哲の一人、森川許六の出身地で、当寺に隣接していた近江宮川藩代官所の代官が、許六の孫弟子の松菓五陰であったという因縁から、当寺では芭蕉を偲んで度々句会が開かれていたといわれている。

福田寺によるよていであったが、今大修理が行われていて、入ることは出来ないとのことで、上村松園ゆかりの地は次回訪ねたいと・帰路に着く。



魔女のカメレオン日記

西国三十三観音霊場めぐり
 
JR新大阪ー壷坂寺ー岡寺ー番外法起院・・・・長谷寺ー興福寺南園堂ーJR新大阪

今回も美形の尼僧が先立ちさんで、有意義なお参りとなりそうだ。

壷坂寺・・
20年前にお参りに来ているが、なんと言う変わりようだろう・・・これがまさに、無常というものだろうか?

この寺が名高いのは浄瑠璃の『壷坂霊験記』によってであり本堂の裏手には、沢市・お里が身を投げたという谷があり、二人の銅像もたっており綺麗に整備された今は、あの悲話は似やわない。

山の上には、インドから贈られたという、天竺渡来大観音石像と天竺渡来大涅槃石像が祀られている。

特に眼病に霊験あらたかな観音様、目の観音様として、信仰をあつめている。


又、目の不自由な人々にとっての聖地として信仰されている。昭和36年より盲老人ホーム『慈母園』がある。ホームの周りに可憐な花々がみだれ咲いているのが心にのこる。




岡寺
日本最初の厄除け霊場で、本尊の如意輪観音座像は弘法大師の作と伝わる、朔像『土製』で、わが国最大、最古の如意輪観音像で、インド・中国・日本三国の土で作られている。如意輪とは物事を自分の意のごとくかなえて頂けるとの意。

静かなお寺です。お参りの人も少なく、季節外れのピンクの彼岸花が咲き乱れ、心落ち着く山寺です。

長谷寺
ここには,牡丹の花の頃に来て、大変な人出にへきえきした思い出がある。今日は平日なので人出も少ない。本堂は山の上にあり、山に沿って造られた回廊は美しく,登りやすく、のびのびと気持ちよく、観音様に会いに行く・・と心が清められていく、心地になる回廊である。



本堂の前は広い舞台になっており、美しい眺めがひらけている与喜山というご神体の山に観音さまは向き合う形に立っておられる。

今年は千年忌にあたり、結縁御開帳が行われている。


\1000を払って、お香で身を清めて、本堂へ・・なんと大きな観音様・・見上げればなんと優しげなお顔・・人々はハンカチ・タオルで観音様の足を一心になでている。

足は金箔がとれ黒光りしている。珍しく観音様はお地蔵さんのような錫杖を手にしている。


興福寺南園堂

バス旅行の常として、すこしずつ遅れていき四時半までに着かなければ南園堂は閉ってしまうという、バスの中はイライラが渦巻いている。裏道をよく知っている運転手さんで、なんなく到着。奈良公園の中に有り繁華街に隣接しているため往来が激しい、夕暮れにかすむ五重塔・東金堂・南園堂と大急ぎでまわる。

たくさんの観音様・『三十三に変化される』 ・・国宝である建物をみたため、頭がボーとしている。だだ強く印象に残っているのは、薄紫色に霞むなかに凛と立つ五重塔の美しさである。




魔女のカメレオン日記


その女の名は魔女
          赤川次郎 著
赤川次郎という名前は知っていたが、作品を読むのは初めてである。いや以前劇団四季で見た、、『夢から醒めた夢』の原作は彼であったはず、

テレビを見ない私は本書が『怪異名所巡り』シリーズとしてテレビドラマ化されている事を知らずに、例の如く魔女という文字に引かれて、本を買う。

ホラーは好きではないが・・・霊感バスガイドという着想は大変面白く、幽霊が見え、話が出来るのも楽しい、私も幽霊が見え、話すことができれば、日々どんなに楽しかろうと思う。能力がないのが残念だ。


魔女のカメレオン日記


日本妖怪大全
         水木 しげる
妖怪425の完全事典とある。 日本にはこんなにも、多くの妖怪が居るのか?驚きです。そのなかで解るのは、たかだか40くらいです。子供の頃怖かったおばけ、なぜか年とともに身近なものとなる。水木氏もあとがきで書いている

南方熊楠は生命現象、すなわち、生と死を一つのセットと考えていた。生の間は物質化しているから、見たりさわったりできるが、死のときは ”霊”とか、”妖怪”にかかわりのあるものに化するので、それを”見る”には”脳力”という純粋な知覚力を高めないと見られないという。

邪心をもって見るとだめで、宇宙と一体化するような純粋な気持ちが大切らしい。私も脳力を高めて、願わくば妖怪達に出会いたいと思う。

魔女のぶらり散歩

ー戦国の道、 国友鉄砲の里ー

JR『長浜』駅ー<バスorタクシー>国友鉄砲の里・・・姉川古戦場跡・・・<バス>−<長浜>駅

10月も終わりに近いのに、空はあくまで高く、青く、しかもここは湖北である。湖北はこの時季、暗く、どんよりとした空だと思い込んでいた。地球温暖化でこんなにも、空が青いのだろうか?まずはバスでまずは国友鉄砲の里へ、・・町は往時のおもむきを残してしっとりとした落ち着きを見せており、今も、火薬製造の店が営業をしており、鉄砲職人の大きな屋敷跡があり、静かな美しい町並です。まずは[鉄砲の里 資料館]へ・・鉄砲のできるまで・・国友が生んだ科学者・・文化人の紹介がある。

● 鉄砲の伝来と普及

一般に『鉄砲伝来』というのは、天分12年(1543)、種子島に漂着した中国船に同乗していたポルトガル人が所持していた火縄銃の試射してみせたことに始まる。当時種子島に在島していた堺の商人・橘屋又三郎と根来憎の津田算長は、これを本土に持ち帰り、根来と堺の刀鍛冶たちがこの鉄砲を研究して鉄砲鍛冶がうまれた。

実戦での鉄砲の最初の使用は薩摩島津家で、以来、九州・中国地方の戦国代名が使い始め、やがて織田信長が天正3年(1575)に甲斐武田氏と繰り広げた『長篠の戦い』に集約される有効活用で威力をみせ、鉄砲を主力兵器とする軍事革命がおこる。
それ以降、鉄砲の需要は増え、もともとの刀鍛冶たちが鉄砲職人へと変わり、集団をつくる。代表的な集団は、堺、根来、国友、日野『近江)で、中でも、堺と国友は、織田ー豊臣ー徳川と、三氏に兵器・大砲を供給し、年寄りを中心とした組合組織を作り、日本の一代生産地となる。

● 国友鉄砲の里

国友は長浜の北東5キロの姉川の畔の町です。戦国時代から江戸時代にかけての日本有数の鉄砲生産地で、日本に鉄砲が伝来した天保12年(1542年)の翌年には、すでにここで鉄砲の生産がはじまっている。

戦国の戦を背景に信長・秀吉・家康らによって保護され、とくに家康は、国友に代官を置き、幕府御用鍛冶に指定した。

国友の伝統は江戸時代の後期に国友一貫済という科学者を生み、オランダ製気泡の数倍の威力ある高性能空気銃を完成させたり、また天体望遠鏡の作成など、また自分で作った望遠鏡による15ヶ月間の太陽黒点の観測記録は、世界の天文学史上でも貴重な資料とされている。

● 姉川合戦

織田信長は天下統一を目指して進軍しますが、その勢いを阻もうと、室町幕府と諸大名は(信長包囲網)と後に呼ばれる包囲戦をしきます。そして金ヶ崎の戦い・姉川合戦が繰り広げられる。

その姉川は国友の里のすぐ後ろを流れる滋賀県下最大の河川です。最も激戦が繰り広げられた(野村)は国友から上流約3キロの地にあり、4時間に及んだ激戦の両軍戦死者は2500人とも、それ以上とも伝えられている。

野村には血川という川が流れていたといい、野村の西の三田には今も血原という地名が残されているという。また、信長は、この姉川合戦で、国友銃を使った二段連撃ちを行い、この成功が後の長篠の戦いでの三段連撃ちに活かされたといわれている。


魔女のカメレオン日記

 魔女図鑑

  角野栄子 著 下田智美 絵

魔女の誕生・・魔女のほうき・・魔女の役割・・魔女の歴史・・魔女の家・・魔女と薬草・・魔女の仲間・・魔女のおしゃれ、と解り易く書かれている。

また、ほうきの作り方やハーブの植え方や、ハーブを使った料理も・・本当の魔女がわかり、魔女のおまじないで、すべての女性のなかに魔女が住んでいることも解る、魔女になりたい人は是非読んでください。

魔女のカメレオン日記

伝説の『魔法』と『アイテム』がよくわかる本
      佐藤俊之 監修 

魔法は神代の昔からあったようだ。ギリシャ神話中、特に高い地位にある、オリュンポス十二神、その頂点に君臨するゼウスも変身術で、女神・人間・ニンフ(精霊や妖精)をとわず、これぞとおもった女性を射止めるために、牛・白鳥・黄金の雨と変身して、思いをとげている。

魔術や魔法のアイテムはファンタジー小説や映画などで当たり前のように登場する。魔術は人類の歴史が始まる以前から存在し、幾多の文明を経て、さまざまな形で今に伝えられている。

キリスト教が誕生し、ヨーロッパ全土に広まることによって、魔法・魔術の形も変わっていく。この本を読むことで、中央アメリカを最後に支配していたアステカ文明が忽然と消えた謎も解けるように思う。


魔女のカメレオン日記

偽善エコロジー
『環境生活』が地球を破壊する
       武田邦彦 著       

お客さんが、是非読んで欲しいと持ってきてくださる。 『企業の金儲けと環境省の省益にまみれたエコ事業・商品にダマされるな!』
武田氏は材料工学の専門家で、著書に『リサイクル幻想』(文春新書)がある。

ペットボトルのリサイクルはほとんど資源の節約になっていないとか・レジ袋をやめてエコ袋はおかしい、とか・・レジ袋は石油の”廃品”を燃やさないで上手く利用した製品であり、ポリ袋が作られなくなると、石油の廃品であるポリエチレンは再び使い道のない低級素材として燃やされるだけとなる。

日々、環境のためにと、エコ袋を使い、プラとカンとビンとペットボトルと分別しているのは、本当に地球に環境に役にたっているのだろうか?疑問に思えてきました。どなたか本当のことを教えて下さい。


魔女のカメレオン日記


『西国三十三所観音霊場めぐり』

JR新大阪駅〜JR勝浦駅〜青岸渡寺〜那智の滝

ジュバングの会員の旅なので汽車の旅かと思いきや、なんとバス旅行でした。一番札所である青岸渡寺まではかなりの道のりです。でもガイドの方がなんと本物のお坊さんで、しかも若く、美形の尼僧で、巡礼の心得や三十三所の歴史やお経も指導してくださる。有意義な巡礼となりそうだ。

彼女に引かれて、三十三所の観音様に出会えたら、満願の暁は誠の巡礼者になれるかも・・・
一時頃に青岸渡寺に着く、ここには三度目であるが、風景は変わっていず、懐かしい鳥居をくぐり、石畳を下っていくと、目の前に滝があらわれる。うなるより他にない絶景である。階段の横のお店も変わらず、杖を借りて、五百段上にある一番札所へ・・・寺の横手に大きな楠があり,その向こうに那智の滝が望める。

ここは絶好の写真スポットである。隣には、熊野那智大社がほとんど同居の形に建っており、社殿のまえには樹齢八百年の楠があり、しめ縄をはりめぐらして、そびえている。いきなり雨がおちてくる。滝の水量が多いのを納得しながら、バスへ・帰路へ。



魔女のカメレオン日記

魔法使い と リリス
シャロン・シン  中野善夫〔訳〕

魔法使いに成るために、修行中のオーブリイが、名高い老魔法使いのところへ弟子入りするというところから始まる。彼を出迎えたのは魔法使いの妻、リリイ・・老人には不釣合いなほど若い。大男のオリオン、掃除や炊事をしている女アラクネ、不気味でさえある魔法使いの館で、物語は進んでいく。

やがて老魔法使いと不思議な館の住人の秘密を知ることとなる。中世が舞台の若い男と女の、全く異なる生い立ちと世界観を持つ二人、決して理解し、あえないと思われる状況にある二人の恋物語です。

なんとも恐ろしい物語です、いま人間世界は医学が進み遺伝子組み換えや、クローンについて揺れている。魔法の世界で出来た事は何時か人間界でも出来るだろ。もう人造人間は密かに創られているかもしれない。

秘密を知って、オーブリイが一緒に逃げようと言うが、りりスは言う・あの人と一緒にいれば希望をもてる。貴方と一緒なら、持てるのは愛だけ、それだけじゃ、足りないの、あなたに出来るのは、私をもっと変えるということだけ、私を元に戻せない ・・結末は、読んでください。



魔女のカメレオン日記

西国三十三所

観音霊場の祈りと美
7月1日(火)〜9月28日(日)

奈良国立博物館で特別展がひらかれている。何年も前に三十三所の巡礼を挫折した事がある。なんの知識もなく、ただ、集印するだけの巡礼だったと思い出す、久しぶりに奈良の古都を歩きたいと、来てみればなんと素晴らしい観音様に出会う。

西国三十三所は奈良時代にさかのぼり、平安時代半ば、花山法皇が中興したと伝えられる。今回の展覧会は法皇の没後1000年を機に企画された。会場ではやはり仏像が目をひく。

札所の本尊は秘仏とあって出品されていないが、京都・清水寺奥院の千手観音坐像は2001年に確認され、寺外では初公開となる鎌倉時代の優品。

端正で力強く、豊かで張りのある表情が素晴らしく、なんとも美男でおわす。前から、横から、後ろから眺め、去りがたく、時のたつのを忘れる。仏様に魅せられるのは初めてだ。心から信仰を持たない者がただ寺を巡ってなんになろう、と思っていたが・・黄泉の国に行く前に仏教・観音信仰を勉強し、改めて巡礼を始めたいと思う。


魔女のカメレオン日記

サークル・オブ・マジック
魔法の学校   武者圭子=訳

物語の舞台は中世ヨーロッパ。強大なローマ帝国が滅亡し、力のある領主たちが各地で覇権を争った混乱の時代で、主人公のランドルは、叔父の城に預けられ、騎士修行に励んでいた。

ある日北の国から来たという魔法使いが城を訪れます。ランドルは初めて見る本物の魔法使いに心を奪われ、自分も魔法使いになりたいと強く思います。魔法学校に入るのも大変で、落ちこぼれないでいるのも大変、おまけに未熟な魔法使いのうちから、とんでもない陰謀に巻き込まれ、さまざまな困難を乗り越えながら成長していく冒険ファンタジーです。

『サークル・オブ・マジック』とは、敵から身を守ったり、異界への通路を開いたりするときに使う、基本的な魔法の技『魔法の環』のことだそうです。全四巻あり大変面白く,暑く眠れぬ夜は是非一読を・・・


魔女のカメレオン日記

アボカド

魔女の庭に、突然ニョキと芽をだしたものがある、ああ・・忘れていた!!去年の冬はアボカドに狂っていた。いろんな食べ方をしていたことを、思い出した。立派な種をすてるのが、惜しく、その種を埋めておいたのが、芽をだしたのだ。

アボカドは結構高いので庭で出来ないかなーと思い、埋めたのを思い出した。芽を出したということは、ひょとしたら実がとれるか? 育て方を調べて見ると、アボカドは樹勢が強く十数メートルにも成長するという。

みかんの育つところでは,実が成る事もある。花は多数咲かせるが、5000花とか10000花にひとつしか結実しないので、花が咲いても結実には、さらに数年かかる、又種から育てたもの、<実生>は実が成りにくく、親と同じ実は成りにくい。なんと、気が遠くなること、いくら魔女が長生き、出来ても、このアボカドを食べることはできないようだ、ならば、観葉植物として育ててみよう。



魔女のぶらり散歩

JR『虎姫駅』・・・五村別院・・・唐国宿・・バス・・長浜駅
9月歩く
沖縄に台風がきているとのことで、今日の歩きは楽かと思ったが・・なんと強烈な暑さである。虎姫駅から五村別院までは静かな町並みである。暑さのせいか町は静まり返っている。再び本街道に戻り、国道8号線に沿って姉川(水が少ない)を渡って唐国へ・・

● 五村別院 (ごむらべついん)

 正式には浄土真宗東本願寺五村別院といい、本願寺第十二世教如上人開創の寺で本願寺は、蓮如上人(第八世)が大阪に石山本願寺を開き、蓮如の玄孫である証

如上人の長子・頑如上人の時に最盛期を迎えました。
その事もあって信長に包囲されて攻められ、顎如は和歌山へ落ちていました。秀吉の時代になって赦され、和解して大阪に御堂を建て、さらに京都に本願寺を開きます。

長男・教如は信長包囲網の時に強硬派だったために、顎如が没すると、穏健派だった三男の惟如が本願寺第十二世を継ぎます。それで教如は彼を支持する人達とともに別に本願寺を起こし、これが教如の流れを汲む東本願寺と、惟如の流れである西本願寺の分立となる。

そんな経緯の中で、惟如に後継が譲られたときに失意の最中であった教如を、湖北の門徒宗が迎えて聞法道場として開かれたのが五村御坊です。現在は、東本願寺五村別院とされており、東本願寺の始まりとして重要な歴史的意義を備えたお寺で、重要視されている。

 唐国宿(からくにしゅく)

ここは正式な宿場ではなく、この地は、山内一豊がはじめて武将として所領したところで、山内一豊は、羽柴秀吉の家臣でしたが、信長の越前朝倉攻めから退却するときに、しんがりを勤めた秀吉について奮戦し、

左のまなじりから右の奥歯にかけて矢が貫通するという大怪我を負いながらも敵将・三段崎勘右衛門を討ち果たしたという、秀吉はこの『金ヶ崎の大退却』で、信長から小谷城を貰い、長浜に新たに城を築いて領主となる。

その時に、山内一豊は秀吉から唐国400国を拝領します。南に姉川を抱き、北東に小谷山・虎御前山を望み、秀吉の領地・長浜とはわずか数キロを隔てた位置で、北国への押さえとして一豊が選ばれたのは、その信頼がいかに厚かったかをものがたっている。一豊が待望の領主となり、戦国武将としての出発点となったのがここ唐国でした。





魔女のカメレオン日記

魔女の血をひく娘・2
セリア・リーズ 亀井よし子=訳
魔女の血をひく娘・1では魔女として村を追われるまでのメアリーが描かれ、生きのびた、彼女を待っていた激動の人生が描かれる。今、時の流れをさかのぼり、メアリーの血が流れていると思われる、娘(大学生)によってメアリーのその後が語られる。まさにアメリカの歴史・キリスト教・布教のため命をかける宣教師、先住民の様々な部族あり、イギリス・フランス・の違い、人間勉強の一代絵巻物語です。

魔女のカメレオン日記

ゲイ・マネーが
英国経済を支える!?
        入江敦彦 著
18兆円超を新たに生み出した、ピンクポンドとは?
キヨスクの本屋で派手な見出しの本に出会う。普段なら手に取らない本だが、今日は日本で初めて、私は美容家で・ゲイです、とカミングアウトした『IKKO』(豊田一幸) (美容家)の講演を聴いての後なので、日本では報道されないゲイ『同姓愛者』のための巨大市場が形成され、市場に流通する、ピンクポンドと呼ばれるゲイ・マネーが年間18兆円を超えるという。

イギリスには同性愛者であることをカミングアウトした閣僚が何人もいること、同性婚が可能になったために、多くのゲイがゴージャスな結婚式や新婚旅行を実施し、堂々と消費活動が行われ、そのため経済が活発となり、古いイギリスが新しく生まれ変わったと細かな数字と著者自身の結婚式の写真でユーモアと自由に生きているゲイの世界が見事に描かれている。

地球上には男と女しかいない、男と男・女と女・男女関係の新たな時代を感じさせる。もし貴方が性的指向が自分と異なるからといって差別と偏見を持っているなら、是非一読を・・・


魔女のぶらり散歩
 8月歩く

JR 『河毛』駅ー<タクシー>−小谷宿(江戸期道標など)歩き・・・平塚・実宰院・・・浅井町・内保ーバスー『虎姫』駅

今日も厳しい暑さである。天気予報では湖東は雨・雷の注意予報が出ていたが、空を見ている限り、ハズレか?小谷宿は小谷城の城下町で、静かな集落で後方に小谷城址、右前方に虎御前山とやはりこの辺りは、人影もなく、なぜかユリの花が多い、ササユリ・ヤマユリ・鉄砲ーゆり・・あの小谷城落城のとき、お市さまと三人の姫達はどんな思いでこの集落を逃れたのだろうか?と思いを馳せながら歩く。

★  平塚 実宰院
ここは浅井長政の姉、昌安の庵であったお寺で、小谷城落城直前にお市は三姉妹を連れてこの寺に逃れたと言う秘話が残されている。

長政の姉昌安(あく)は、身長が五尺八寸(176cm)、体重28貫(105s)あったということです。当時としてはかなり大きな女性で、嫁すこともなく、19歳の時に出家得度して昌安見久禅尼と名乗り、寺号を実才庵と改めました。長政は、姉はすでに昌安見久禅尼として俗世を離れた身分ゆえ浅井氏が滅んでも害が及ぶことはないと、お市と三姉妹の行く末を、姉に託したのかもしれない。お市はその後虎御前山の兄、信長のもとへ参じますが、三姉妹は浅井の血筋を引くゆえでしょう、そのまま当寺に匿われたと伝えられている。

残党狩りで信長軍が寺改めにやって来たときには、大柄な見久尼は二反の生地で作った大法衣の袖のなかにすっぽりと三人の娘を包み込んで隠し、難を逃れたという。又彼女は子育ての名人だったらしく、母お市がその後、再婚して、柴田勝家とともに死んで、全くの孤児となった三人の娘を武士の娘として立派に育て上げ、それぞれの役割を将来果たしえたのも、彼女の養育のお陰だったのかもしれない。

長女茶々は豊臣秀吉の側室淀君となり、二女お初は代名京極高次夫人となり、三女お江与は徳川秀忠の夫人となり、それぞれ日本の歴史にその名を残した。またその後 実才院護持のために豊臣・徳川歴代から庵料として五十石の朱地を受けている。

やはり天気予報は的中して、いきなり、暗くなり、大粒の雨が落ちたと、同時にピッカーとひかり、雷と大雨で、すごいスコールとなる、琵琶湖の北はこんな降り方をするらしい。雨宿りの後、落雷で電車が止まっていませんように・・と祈りながら、バスで虎姫駅へ・・


魔女のぶらり散歩

7月歩く
JR 『高月』駅・・馬上(まけ)宿・・小谷宿・・小谷城址

今日は真夏日で、気温は34度をさしている。本当に暑い。左に高時川、右に国道(368)を見ながら歩く、ただ歩く。熱中症の初期症状は、どんな症状だろうか?と思いながら歩く。悪い事には、カメラは電池切れを知らせている。

● 馬上(まけ)宿〜小谷宿へ

高時川を越えると北国脇往還の間の宿である馬上宿です。
高時川は、栃の木峠を起点として湖北地域を南に流れ、長浜市内に入って姉川と合流します。そのため姉川に対して妹川とも呼ばれている。

馬上宿はこの川を東に渡ったすぐの宿ですが、往時は徒歩渡りであったために、『渡しの宿』として賑わったようです。高時川から引かれた水が還流し、水車風景も見られる風情ある街並みです。

● 小谷城

日本五大山城(春日山城:新潟県上越市・・七尾城:石川県七尾市・・観音寺城:滋賀県安土町・・月山富田城:島根県安来市:小谷城)

やっとの思いでたどり着いた小谷城址の麓にある小谷城資料館は定休日である。登城することはあきらめ、
木陰で小谷城の歴史、浅井長政と信長、お市の方、秀吉、三人の姫達、『金ヶ崎の大退却』から姉川合戦へそして小谷城落城までを講師の講義を聞き、城へは後日改めて登ることとして帰路に着く。



魔女のカメレオン日記

キルト展 日本のトップキルター8人
美術館 『駅』 KYOTO

『魔女の血をひく娘』という本を読み、キルトの歴史を知る。パッチワーク・キルトとはイギリスの開拓者がアメリカ大陸に到着した時が始まりで何もないところで生きていく開拓者にとって寒さから大切な家族を守るための必需品であった。

『魔女の血をひく娘』でもキルトを刺す場面がよくあり、また最後はキルトの中に大事な日記を刺し込むという話である。キルトとはどんな物かと、会場に入る。なんと今やキルトは生活の必需品でなく、素晴らしいアートである。


魔女のカメレオン日記

私の属する日本弱酸性美容協会の二年にいちどのシンポジウムのため久しぶりに東京に来る。北海道洞爺湖サミットのため新幹線や駅はものものし警戒で警官だらけである。会場は全国から集まった同業者であふれている。

懐かしい顔、顔が居る皆、元気のようだ。私も又元気をもらいに東京に来る。今年はベル・ジュパンス誕生45周年で医学界を始め各界の一流の講師の講演がある。

舞台では、今テレビで売れっ子のニューハーフの美容家[IKKO]さんの講演が始まっている。決してブレナイで生きるというフレーズが何度もでて来る、彼の生きずらさを知る。

[神の手を持つ]と賞賛される脳神経外科医の福島先生の『脳を守ろう 頭の病気に勝つ』 富山大学の田澤賢次先生の『ベル・ジュパンスとデトックス』 
桜井よしこ(ジャーナリスト)の『この国の行方』

林 覚乗『南蔵院第23世住職』の(心ゆたかに生きる)。どの講師の講演も素晴らしく、ズシン・ズシンと胸におちるお話ばかりでした。『人生とは有名に成る事でなく、一生懸命生きることだ』と諭された思いです。皆さわやかな顔で二年後また会いましょうと別れる。


魔女のカメレオン日記


魔女の笑窪
        大沢在昌 著

著者のことば 男と女のちがい、男はいくつもの荷を背負って生きていく。そのひとつひとつは決して重くはない。

女はひとつだけ、だが男にはとうてい持てないような重い荷を背負って生きていく。と、本の帯びにあり、この作者とは始めての出逢いである.
男が女を書くとこんなにもクールにサバサバと理性的となるか?女も年をとり、中性になると、なれるクールさのように思える。いやそれだけ重い荷を背負っているということか?日本製の魔女は重い、ファンタジックな明るい魔女のお話が肩がこらずに楽しめる。でもこの本には今の日本の日本人の本性が網羅されている。一読を・・・


魔女のぶらり散歩

6月歩く

 JR 『高月』 駅・・・高月町出会いの森・・渡岸寺参拝・・雨森ー<バス>−『高月』 駅

梅雨の中休みで、夏日を思はせる強い陽射しです。高月町図書館に井上靖の小説『星と祭り』で渡岸寺や湖北の観音様を一躍有名にした、井上靖の記念室があるのですが、公共施設は休館とのこと誠に残念、もう一度来ましょう。

駅付近の北国街道(東近江路)を少し歩き渡岸寺に向かう道の両脇は可愛い草花が植えられ、また豊富な水量の水路があり、鯉や金魚が泳ぎ、水車もある、人影もない、いつか見た映画の中の風景の中にいるようだ。




● 渡岸寺
渡岸寺は現在 向原寺(真宗)の飛び地境内となっているが、観音堂の収蔵庫に、土門拳の写真や井上靖の(星と祭り)、水上努(湖の琴)で全国的に知られるようになった十一面観音菩薩が安置されている。

元々、渡岸寺と呼ばれた大刹があり、観音像もその寺のものであったようです。開基は不詳ですが、寺伝によると、天平8年(736)頃に疱瘡が大流行して死者が相次ぎ、聖武天皇から除災を命じられた泰澄が十一面観音を刻み、一宇を建立してその憂いを絶ったということです。
延暦20年(801)に、最澄が七堂伽藍を建立して栄えますが、浅井攻めの時に柴田勝家によって堂宇は焼失。しかし、観音像は村人によって土中深く埋められて守られ、戦火をのがれたという話は有名です。

● 雨森芳州

渡岸寺の北西に北国脇往遍の木之本宿と小谷宿の<間の宿>である『柏原宿』があり、木之本宿寄りに雨森集落があり、集落の名と同名の雨森芳州は、湖北の豪族雨森氏の末裔で、集落名はこの豪族に由来しており、


寛文8年(1668)この村の医者の子として生まれ、12歳で京都に出て医学を学び、さらに18歳のときに江戸の儒学者(朱子学)・木下順庵の門に入り、順庵の推薦で、当時中継貿易で財力を持ち、優秀な人材を探していた対馬藩に仕官し、長崎で中国語を学び元禄5年(1692)、対馬に赴任します。

その後、朝鮮方佐役(朝鮮担当補佐役)を拝命し、これがきっかけで朝鮮通信士に随行して第6代徳川家宣の将軍就任祝賀式に参列するなど、朝鮮国との交流促進に努め、朝鮮事情や朝鮮文化の研究につとめてその著書を多く残した。

豊臣秀吉の『朝鮮の役』から約100年後の事で、諸事情を考えると芳州の苦労が想像できますが、現在、集落内にある雨森芳州庵は、『東アジア交流ハウス』として開設されている。





魔女のカメレオン日記

魔女の血をひく娘

セリア・リーズ 作 亀井よし子=訳

アメリカの植民地史を研究する研究機関で、古いキルトのなかから、多数の紙片を見つけた。それは、今から三百四十年余り前に、『魔女狩り』の危機を生きのびたひとりの娘の『日記』だった、というふうに物語は始まる。

イギリスの『清教徒革命』から新世界アメリカへと渡った人々の苦難の船旅から、入植地での苦労、原始林での先住民との争い、まさにアメリカ史で、また魔女の歴史でもあるのです。いつの時代にも、自分たちとは異質な人、自分達にはない考え方や特殊な能力を持つ人などを認めないようだ。キリスト教徒ではない、まわりとは違うということで、『魔女狩り』となる、今もそうだが、本当に宗教は人の心を狂わしてしまう。

魔女とは産婆であり、薬草にくわしく、病を癒す人であり、うまくいけば皆に、感謝されるが、上手くいかなければ、癒す力を持つ者は害を与える力も持つ、また治す力を持つ者は殺す力も持っていると・・人々は囁く・・魔女の誕生である。


魔女のカメレオン日記


鬼太郎天国地獄

水木しげる 作

子供の頃お盆になると、お寺に飾られる地獄絵図を本当に怖いと思った。嘘をつかない、悪い事はしない、正しい人間になると 本気で誓ったものです。

この本にはあの頃を思い出させてくれます。世界の地獄と天国のお話がある。天国・地獄の歴史年表がある。3000年前すでにエジプトでは『死者の書』ができている。なのに今の世相を見ると、多くの人間は地獄行きだと思う。もう一度この本を読んで心を入れ替えましよう。死、死後を考える事は、今をどのように、生きるか?
生を考える事になると思うから・・


魔女のカメレオン日記


苔とあるく
   田中美穂
何年か前 神戸の小さな画廊でみた小さな、小さなコケ玉に魅せられその作者を尋ねて、コケ玉作りを習ったことがあり、犬の散歩で森に入ると、ついコケを探している自分がいる。

こんなに多くのコケがあり、またコケは学問的には『蘚苔類』・『蘚類』・『苔類』・の3つに分けられる。(蘚)・(苔)・はどちらもコケとも読むとか、コケには葉も茎もあるが根っこがない、水分や栄養分はどこから??。コケは体の表面全体から空気中のかすかな湿り気や陽の光などを取り込んで、それらを栄養分にかえることで成り立っている。

これは生えている場所の空気や湿度、光の加減 環境がなによりも大切なのだ、とか、また花を咲かせず胞子で増える とか・・知らない事のなんと多いことか・
目からウロコとはこの事か?彼女は倉敷の古本屋『蟲文庫』の店主だという、是非会いに行こうと思う。

魔女のカメレオン日記

ウェストサイド物語

劇団四季のミュージカル・ウェストサイド物語

現実のしがらみを一つ一つ脱ぎ捨てながら赤いジュータンを一段一段と劇場へと登るとき、いざ夢の世界へ・・楽しいひと時だ。席について見ると、何時もの華やいだ雰囲気がない。なせだろう?まわりを観れば・・皆年齢が高い、杖をついたり 髪が白い人が多い、つまり私と同年齢なのだ

映画 [ウエストサイド物語]が上演されたのは47年前だと、いう。あれから半世紀を軽ていることになる。物語は悲劇であり、今も変わらない人種差別をみすえたドラマなのに、音楽は生きる歓びに溢れている。[クール、クール] と指を鳴らしながらの歌と群舞がある、一気にあの頃に戻る

、[体育館のマンボ] [アメリカ] 誰しも一度はウエストサイドを通り過ぎる、私をふくめ今此処にいる60年安保世代にとってウエストサイドはまさに青春だった。一世を風靡した、あのジョージ・チャキリスは今どんな紳士になっているのか?人の一生は、創造主の一瞬の瞬きに過ぎない、と言われる。本当にそうだと華やかな舞台を見ながら・・思いは過ぎてしまったいろんな事を考えている。


魔女のカメレオン日記


魔女に恋した夜は
ノーラ・ロバーツ
川戸 純 訳

又、又魔女という題名に惹かれて、本を買う。宝石店を営む魔女とシナリオライターの恋物語です。魔女は魔法を使わず誠の愛で魔女として大成する、男は自分の信念である、決して女を信じず、ましてや結婚など考えない人生を、日々楽しんでいる。

そんな自分の心の変化が信じられず、魔法に掛けられているのだと、自分に言い聞かせ、女は魔法を使わず、誠の愛を欲し、二つの駆け引きがまるで映画を観ている様なストーリ展開で一気に読んでしまう。罪のない大人のファンタジーです。

魔女のカメレオン日記

女子と鉄道
酒井順子 著 

学生の頃、東京から京都に帰るのに、鈍行に乗り、しかも立ったまま帰ったのを思い出す
今の様に新幹線もなく、駅・駅の弁当売りの情景を懐かしく思いながら本を読む。鉄道好きの男性を鉄男と、呼び、女子を鉄子と呼ぶそうな。私は昔から鉄子だったのだと思う。

今の様に休日がない時代だった、仕事を終え最終の夜汽車に乗り、また最終の汽車に乗って帰り、そのまま仕事に入る。本当に若いから出来たのだと懐かしく思い出して、ああ夜汽車に乗りたいなーと久ぶりに旅心がうずく。近々東京に行く予定があるので、この本で知った東京駅ノホテル、

東京ステーションホテルに泊まりたいと調べるとやはりまだ工事中らしい、2006年から5年をかけて戦前の赤レンガ駅舎へと復元工事中という、それに伴ってホテルも休業中だ。リニューアルしたホテルには是非とも泊まりたいと思う。


魔女のぶらり散歩
4月歩く
ーー 『長浜曳山巡行』 北国街道長浜宿ーー

JR『長浜』 駅ー長浜八幡宮・・・曳山博物館・・長浜城址(歴史博物館)
冬の長浜に来た時・空はどんよりと曇り、寒く暗い街だと思ったが、なんと今日は、空は晴れ渡り、街は晴れやかに、賑わっている。お祭りだ。まず駅を出て、秀吉と石田三成出逢いの像を左にとると

長浜城址へ・・秀吉がこの地に築城し、豊臣氏滅亡とともに姿を消した長浜城が市民の浄財によって再興されたのがS58年。現在は、長浜の歴史博物館となり、周りは公園となっている。今、桜が満開で・遠くには、琵琶湖八景に数えられる竹生島が浮かび、なんとも、美しいところです。

まずは館内へ・・階ごとに秀吉をはじめ長浜ゆかりの人物や長浜の歴史・文化を紹介されている。5Fのパノラマ展望台へ・・回縁が付いていて、に関が原古戦場・ 姉川合戦場・ 西に比良山・沖ノ島・安土城祉・ に彦根城・佐和山城址・雲仙山・・に小谷城址 賎が岳合戦場・・山本山と3600度の大展望です。ここは昔、大変な戦場だったのだ・・戦争はもっとも弱い女・子供が泣くことになる。今のこの平和を護らねば、と強く思う。

長浜八幡宮・・へここで長浜曳山祭りのメーンイベントの子供歌舞伎が曳山の上で演じられている。役者は全て男の子で、祭礼一ヶ月前から稽古が始まると、いう。なんと一ヶ月で大人顔まけの演技が出来るとは・・・曳山博物館で子供狂言の歴史や長浜の真髄を知る。 大通寺・・黒壁スクウェア・・長浜鉄道スクエア・・と行きたい、見たい所があるが・祭りの主役である子供歌舞伎を追っかけて、時間が無い。短い時間では本当の長浜を知る事は出来ないようだ。
これから時間を作って長浜通いをしよう。


魔女のぶらり散歩
2008/3月歩く

---万葉集に詠われた『あじかまの塩津』 −

JR『永原』 駅ーバスー『あじかまの里』−塩津散策・(常夜灯公園・町並み)・<バス>・JR『木ノ本』 駅

先月のびっくりするような銀世界とはちがい、紫外線の強い春日和で、今日の<歩き>は塩津宿ですが、車が激しく行き交う道なので少ししんどい歩きになる。JR『近江塩津駅』は滋賀県最北端の駅で、旧街道である塩津街道の道筋を踏襲している。駅舎表の木製看板には、『近江塩津駅 海道・あじかまの宿』と彫られている。『あじかま』とは万葉集に詠われた塩津の形容詞だそうです。

味鎌の塩津を指して漕ぐ船の名は告りてしを逢はざらめやも。
『味鎌』 は、あじという鴨のいる水辺を指し、その鴨が沢山いたので古く塩津の港の名物となり、枕詞、また(あじかま)と言えば塩津 を指すようになったようです。

塩津交差点の北側に、天保5年(1834)健立の大ぶりの常夜灯があり、その傍らに紫式部の万葉歌碑、がある。

                 

『知りぬらむ往来にならす塩津山世に軽る路はかろきものぞと』


まだ若い紫式部が長徳2年(996)9月に、父藤原貯為時の越前武生赴任に伴って下向したとき、大津から船で白髭神社をすぎて塩津港へ上陸し、ここから陸路で塩津街道を越前へ向かう時の歌、と伝えている。

常夜燈の辺りから東へ、旧街道が通っている。塩津宿は交通の要衝でしたから、往来の激しかった頃には旅館が10軒あまり並んでいたそうですが、今はひっそりとしています。木ノ本方面へ少し行くと、塩津神社があり、本殿は花や鳥の透かし彫りの彫刻が社殿を飾っている。ここからバスでIR木ノ本駅へ・・・トンネルを越えるとバス右側車窓にしずケ岳が見える。戦国時代に思いを馳せながら帰路に着く。





魔女のぶらり散歩

2008/2月歩く

ー海津大崎と大浦の『丸子船』ー 

JR『マキノ』駅ー大浦『丸子船の館』・・・JR『永原』駅

二日前の大雪でここは一メートルの積雪で、歩くのは無理ということで、タクシーで海津大崎まで行く。幹道は除雪されていて誰もいない大崎は、琵琶湖の青を前にいちめんの雪景色はまさに夢の世界である。

海津の町の東外れから海津大崎辺りまで、4Kmにわたり約600本のソメイ吉野の桜並木がつずいている。春には絢爛豪華な景観を見せて『日本の桜名所100選』にも選ばれているが・・なんと、かわいそうに雪の重さに耐えかねて多くの枝が折れている。樹齢70年だという。
大崎観音(大崎寺)には雪のため行けず。花の頃来たいと、思う。



丸子船の館

琵琶湖の交通を支えたのが丸子船で、北国からの物資を敦賀で陸揚げして峠を越え、湖北の港から再び船積みして大津・堅田などえへ運ぶ『下り荷』、またその逆の『上り荷』が行き交い、琵琶湖には小さい港も含めると100以上の港があったという。琵琶湖水運、物資輸送の歴史を伝えるのが当館で、丸子船も展示されている。《雪の中ご苦労さんです、この雪で琵琶湖は大変喜ぶとおもいます。》と館員さんの言葉に琵湖と共に生きる人々の心意気に感動//



魔女のカメレオン日記

空色勾玉

萩原規子 作

この作者の作品 [西の善き魔女]で私はファンタジーに魅せられ、魔女・魔法・と本屋に行けばこの二つの文字を探している、事となっている。その彼女のデビュー作とのことで本を買う、ファンタジーの基底には必ず神話がある。

英米のファンタジーがケルト神話に基ずくなら、空色勾玉は日本神話のエピソードが下じきで、神々が地上を歩いていた古代が舞台で輝の御子と闇の民族とが、争う世界の話で・まことに絢爛豪華な萩原ワールドです。又この本に導かれて日本神話の世界を彷徨いそうです。


魔女のカメレオン日記

七人の魔法使い
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 作

魔法、音楽、そして文章の力ー多彩な登場人物を縦横無尽にあやつりながら描くユニークな世界、魅力的で個性的なキャラクターが山ほど出てきて、なんとも楽しいお話です。七人の兄妹の魔法使いがこの世界を支配している、その役割がユニークでユーモアに満ちている。スピード感とストーリの妙、秋の夜の一時たのしんで・・お薦めです。


魔女のぶらり散歩

ー古代三関の一つ、愛発(あらち)関のー

JR 『新疋田』 駅・・深坂古道・・愛発関跡・・敦賀運河遺構・・疋田宿散策・・新疋田駅

この辺りまで来ると、一人では決して来れない町・村だと思う、先生に引率されての遠足と、いう感じです。161号線は激しい車で、一列に並んで歩く、先生の講義を聞き思いを昔日に馳せながらの歩きである。越前国一番目の宿場が、古代の『愛発関』があったとのことだが、今では小さなトンネルを抜けたところに愛発中学校があり、その学校名が古代の関名を今に伝えている。

また疋田宿には珍しい舟川遺構が残され、町を横断しています。約2.8mの水路で、京都の食糧を確保するために敦賀児屋川(こやのかわ)舟溜まりから疋田舟溜りまでの間を荷物を載せた川舟を搬送させていました。昔は疋田ー敦賀を結んでいた水路は、国道整備によって今は暗渠になっている部分が大半で、唯一、疋田宿の宿場を彩る風物詩として、また貴重な歴史遺産として残されている。



七里半街道

織田信長が柴田勝家に命じて北国街道(東近江路)を整備するまで、越の国と京を結ぶメインルートだった西近江路・・峠には、鈴鹿関(近江と伊勢)・不破関(近江と美濃)とともに古代の『日本三関』の一つだった愛発関(あらちのせき)という、関所があり、近江と越前の境にあって畿内を護っていました。国境の峠越えは<愛発越え>とも呼ばれた。海津ー山中峠ー敦賀の距離が七里半であったことから、七里半街道とよばれた。


魔女のカメレオン日記

クリストファーの魔法の旅
       ダイアナ・ウィン・ジョーンズ作
クリストファーは幼いころから、別世界へ旅する力を持っていた。クリストファーの強い魔力に気ずいた伯父の魔術師ラルフは、それを利用し始める。一方老クリストファーは、クリストファーが自分の跡を継ぐ者であることを見抜き、城に引き取る。

だがクリストファーが唯一心を許せるのは、別世界で出会った少女(女神)だけだった。クリストファーの力をめぐり、城は悪の軍勢の攻撃をうける。クリストマシーの少年時代を描く物語で、
人間の欲心が魔法という力と重なれば・・・こうなるという、お話で、本当に物欲は恐ろしい。今の世界を見ても、変わりがない。何度でも繰り返し読み、角を曲げれば別世界に行けるならば、私も行って見たいと思う。


魔女のカメレオン日記


ニューヨークのとけない魔法
岡田光世 著

またまた魔法という言葉にひかれて、この本を買う、世界一お節介で、おしゃべりで、図々しくて、でも憎めないニューヨーカーたち。東京と同じ孤独な大都会なのに、ニューヨークは人と人の心が触れ合う瞬間に満ちている。

みんな切なくて人恋しくて、でも暖かいユーモアを忘れない。息苦しい毎日に心が固くなっていたら、ニューヨークの魔法にかかってみませんか?
解説者の言葉どうり、慌ただしく、通りすぎた、観光旅行では、けして分からない大都会の魅力が詰まっている。いつの日か住んで見たいと思う。これから世界に羽ばたこうとする若者はぜひ、著者の本を読んで飛び立ってほしいと思う。


魔女のぶらり散歩


八日市大凧会館〜五個荘雛人形めぐり

友人にさそわれて、ホテルが作った、オリジラル、バス旅行に行く。少人数でゆったりとした旅で、高速でアッという間に大凧会館です。。百畳の大凧は一階から二階の吹き抜けの壁に掛けられている。誠に圧巻です。

大凧は子供の出生を祝って5月の節句に揚げたのが始まりと言われている。最初は、小さな凧でしたが村々の対抗意識が強くなり、除々に大きさを競うように、なり明治15年には畳240枚の大きさになったそうです。揚げるのに適した広大な沖野が原があったからでしょう、また、成人式には20畳敷大凧が揚げられる。

ここには世界の凧も展示されていて、インドの非常にリアルなコウモリ凧など珍しい凧が展示されている。ビデオで大凧を揚げる映像は、一見の価値ありです、百畳の大凧を揚げるのに一畳一人の人数が必要という。


ガイドさんの案内で雛人形巡りへ・・『てんびんの里』として知られる近江商人の町五個荘・日本の原風景がここに有り、時代劇にもよく出てくるこの風景、まさにタイム、スリップだ。立派な白壁の蔵屋敷が建ち並び、鯉が泳ぐ水路が巡らされている。

屋敷は江戸から明治期に建てられた、火事が起きたときに延焼を防ぐ工夫など屋敷には様々な仕掛けがあり、また、雛人形は江戸の文化を代表する各時代に作られたものをそれぞれ家で大事に守ってきた家宝雛で、時代ごとに顔の様相や着物の色柄、調度品などが全く異なる。

女の子には、お雛様・・男の子には、大凧と大事に大事に育てられたのですね・・それにしても親が子を殺し、子が親を殺す、今の世相を思うと悲しくなりますね・・

魔女のカメレオン日記


トニーノ の歌う魔法
   ダイアナ・ウィン・ジョーンズ。作
魔法の呪文作りで名高い二つの家が、反目しあうカプローナの町。両家の魔法の力がなぜか弱まって、他国に侵略されそうな危機のなか、大人たちは互いに魔法合戦を繰広げている。
(危機は悪の大魔法使いのせいだ)というクレストマンシーの忠告。活路は失われた(天使の歌)をふたたび見出すことしかない。という。

そのとき、両家の子供達トニーとアンジェリカが(呼び出しの魔法)で誘拐される。
クレストマンシーとは、魔力が悪用されないよう、魔法の使われ方を監督する役職の呼び名でシリーズとして四冊でている。今回の舞台はなんとイタリア、そしてふたつの名家の争いに巻き込まれる若者たち、・・あの(ロミオとジュリエット)を思い浮かべる。ユーモアとひねりのきいた筋立てのうまさ。とにかく面白い、悪の大魔法使いが誰か?・・・


魔女のカメレオン日記

魔法がいっぱい

ダイアナ・ウィン・ジョーンズ作

クレストマンシー・シリーズの外伝にあたり、なつかしいメンバーがあちこちにでてきます。クレストマンシーというのは、人の名前ではなく、役職の称号で、魔法の使われ方を監督し、悪用されていると分かったら、別の世界へでもすぐにかけつけ、正すのが役目です。

大変な仕事ですから、数十年に一人しか生まれない、九つの命を持つ大魔法使いがクレストマンシーとして政府に任命され、助手たちとともに任務にあたっている。どのようにして、九つの命をもって生まれるか・・という話が『キャットとトニーノと魂泥棒』に描かれている。

少し怖く、ユーモラスで、よく考えられている、不思議で楽しい短編集です。初めて、クレストマンシーシリーズを読むときは、この魔法がいっぱいから読むことをおすすめします。


魔女のカメレオン日記2008−1月1日



今年の初日の出は駄目のようだとのニュースにあきらめていたが、なんと見事な日の出に出会えた。今年はどんな年に成るのだろか?


魔女のぶらり散歩

一筆乗車 《琵琶湖一周》

お正月を何もしないで、過ごし、明日から仕事が始まるとなると、この鈍った体をなんとかしないと、以前から乗って見たいと思っていた一区間で琵琶湖一周を実行する。

まず大津駅から山科までの乗車券を買い、東周りをする長浜行きに乗る。車内はお正月らしく何となく華やいでいる、長浜で乗り換える。私と同じ目的らしい親子ずれに会う、あまり待つ事なく、近江塩津行きに乗る。ここからは手動である、窓の外は雪に覆われた冬景色で、さすがに湖北は豪雪地帯です。

暖かい車内で、しかもゆっくりと冬景色を楽しみながらの電車の旅は至福の時です。近江塩津では20分の待ち時間です。さすがに寒い。ここはホームが高い所にある、何故だろー?細く長い階段を下りていくと改札には誰もいません。無人駅?さきの子供ずれの親子が雪合戦をしている。外には出られない決まりのはず・・でも少しの間駅の周りを楽しませてもらいました。


次はここで降りて歴史の道を歩きたいと思う。時間どうりに電車がきて、これから湖西を回って山科へと帰る。雪はだんだんと消えていきます。琵琶湖は見えず、山なみを楽しみながら、少し眠りながら、山科着、4時間弱の旅でした。春・夏・秋・冬と乗り、又一つ一つの駅に降り,そこに住む人々の暮らしぶりや、琵琶湖を見たいと思う。


魔女のカメレオン日記

魔女が愛した子
      マイケル・グルーバー
      三辺律子〔訳〕
初めて出会った作者で、ミステリー作者が書いた初めての、ファンタジー〔昔、はるか遠い国の大きな森に、女が一人暮らしていた〕物語は、あたかもおとぎ話しのように幕を開ける。女は魔女で、赤ん坊を拾うが、それは世にも醜い男の子だった

母が魔女ゆえに、また子は醜いゆえに子の心は徐徐にねじれて、いき、そのために大きな事件が起こって・・・〔無償の愛〕与えるだけで見返りを期待しない愛は本当にあるだろうか?
与えられるほうはどうなのだろう?。いろんなことを考えさせられた本でした。